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お名前: 土井 隆一郎先生(1980年卒) |
所属施設: 大津赤十字病院 |
大津赤十字病院 の 外科 は今、乳腺 外科 を含む消化器・一般 外科 をスタッフ医師12名と 研修 中のレジデント5名で業務をこなしています(2019年8月現在)。
当院の 外科 は年間手術件数が1000件を超えており、外来・手術・病棟業務など非常に多忙ですが、皆でオンとオフのメリハリをつけて頑張っています。
私が 大津赤十字病院 に部長として着任してちょうど10年近くが経ちました。
着任した時、 大津赤十字病院 の 外科 は、手術件数、とくに緊急手術件数が多い病院として知られていました。
医学部学生や初期 研修 医の 研修 にあたっての希望は、十分な症例数があって救急医療、プライマリーケアの修練ができること、というのが多いのですが、 大津赤十字病院 は当時も今も、そのような期待にうまく応えられる病院だと思います。
一方、初期 研修 が終わり、本格的に外科 研修 を開始する専攻医や中堅の外科医が修練施設として考えた時、10年前の当科はやや物足りないと感じる部分があったのではないかと思います。
後期 研修 医や中堅外科医には、自分が主導して手術を完遂できるようになる、という大きな目標があると思いますが、そのためには量的に十分な修練ができるとともに、高度な手術の修練ができる環境が必要です。
そして、この時期の外科医にとっての、より具体的な目標として、肝胆膵 外科 高度技能 専門医取得と内視鏡外科技術認定の取得を挙げることができると思います。
私が赴任した頃の当科の状況は、どちらの資格を目指して修練を積むにも、十分な環境とはいえませんでした。
これを何とかしないと、若い先生にそっぽを向かれてしまう。
それで、私自身は膵臓の手術を専門にずっとやってきたので、まず肝胆膵の手術件数を充実させることを考えました。
近隣の診療所の先生方とのコミュニケーションを大切にし、折に触れ得意分野を広報した結果、図1に示しますように、膵臓手術件数は徐々に増加しました。
近隣診療所の先生方から患者さんの紹介を得るには、やはり手術を安全に行う、きちんと退院していただく、紹介元に無事に返す、丁寧な報告書をさしあげる、ということが大切になります。
NCD登録では、必要症例数を超えている術式について、各施設のフィードバックデータと全国統計との比較を見ることができます。
図2は、当院と全国の膵頭十二指腸切除術のデータの抜粋です。
公表されている範囲で2011年から2013年までのデータが得られますが、当院は手術関連死亡0%、PF 5.1%ときわめて良好な成績です。
膵臓手術は高難度手術ではありますが、ハイボリュームセンターである当院で手術を受けた患者さんは、皆さん元気に退院しておられるということで、診療所の先生方の信任を得て、継続した紹介を得られるようになり、ここ数年は年間60件以上の膵切除術を行うようになってきました。
地域の診療所の先生方に認めてもらい、手術件数を維持するというのも、指導する立場にあるものの責任の一つだと思っています。
肝切除手術の件数も同様に増加した結果、2012年には滋賀県下で初めての「日本肝胆膵外科学会高度技能専門医制度 認定修練施設(A)」を取得しました。
資格を目指す若手の先生方にとっては不可欠の施設認定だと思います。
また京都大学外科教室のご高配により2014年には肝臓外科の専門家である廣瀬哲朗部長の着任を得て、当院の肝胆膵手術の指導体制はますます充実しました。
当院は、若手から中堅の外科医にとって肝胆膵外科の修練にはちょうどよい環境ができあがっているのではないかと思っています。
当院では腹腔鏡下消化管手術の導入が遅れていました。
私が大津に着任した前の年、2009年の当科の幽門側胃切除術(DG)における腹腔鏡下幽門側胃切除術(LDG)の割合は9.3 %、また結腸切除術における腹腔鏡下手術の割合は12.1 %でした。
同じ年の京大消化管外科の幽門側胃切除術の腹腔鏡下手術の割合は92.3 %、結腸切除術の腹腔鏡下手術の割合は80.0 %(京大外科交流センター会報誌)でした。
また京大外科関連施設の中でも先行する施設では、すでにかなりの割合を腹腔鏡下手術で行っていました。
当科の将来を考えると、当時のままでは完全に取り残され、患者さんからも、また若手外科医の修練施設としても選ばれなくなってしまうのではないか、と強い危機感を覚えました。
スタッフ全員の意識改革が必要で、一朝一夕にはことは運びませんでした。
幸いなことに2013年後半から、京都大学外科教室のご高配により豊田英治副部長の着任を得ました。
豊田先生は肝胆膵高度技能指導医であると同時に、早い時期に内視鏡外科学会技術認定を取得していたため、豊田先生を中心にスタッフ全員のレベルアップを図りながらも、後期 研修 医を指導できる体制を構築しました。
図3は幽門側胃切除術件数の年次推移で、青色は腹腔鏡下幽門側胃手術の件数です。
徐々に腹腔鏡下手術の割合が増加し、2018年には85.7%が腔鏡下幽門側胃手術となりました。
今のところ、非待機手術などの関係で100%には届きませんが、さらに適応を増やしてゆきたいと考えています。
他の消化管手術についても同様に腹腔鏡下手術を第一選択にできる外科になりました。
もとより肝胆膵手術は充実していますので、いよいよ肝胆膵高難度手術と腹腔鏡下消化管手術、両方の修練が十分に積める施設として、若手外科医を指導できる体制が整ったと思っています。
さらに、より高度な手術として、2013年からは腹腔鏡下膵体尾部切除術、2014年からは腹腔鏡下肝切除術、2018年からは腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術を本格的に導入いたしました。
2018年の膵切除術は64件、うち腹腔鏡下膵切除術は25件で、腹腔鏡下膵体尾部切除術が16件、腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術が9件となっています。
また2018年にダビンチXiを購入し、2019年からロボット支援・腹腔鏡下消化管手術を開始しています。
現在は保険収載されていませんが、将来、ロボット支援・腹腔鏡下膵頭十二指腸切除術が保険診療で実施できる日がくるのではないかと予想し、その導入を目指して、スタッフ全員が自己研鑽に努めています。
大津赤十字病院 は、新専門医制度による 外科 専門医 研修 プログラムが始まって2年目になります。
滋賀県では、県内にある京大外科の関連施設8施設が一つのグループとして「滋賀京大外科専門 研修 プログラム」を登録し2018年度からプログラムによる 研修 を開始しています。
初年度は2人、2年目は4人の専攻医のプログラム参加があり、まずまずのスタートになっています。
「滋賀京大外科専門研修プログラム」は、全体のNCD登録手術件数が年間およそ6000件あります。
したがって豊富な手術症例のなかでの 研修 が可能です。
内視鏡外科技術認定医、肝胆膵外科高度技能指導医が多く在籍しておりますことから、プログラム全体で高難度手術を数多く実施しています。
研修 施設は滋賀の医療を中心となって支えている8病院からなります。
これらの病院群はすべて京都大学外科の関連施設であり、世界の先端をゆく京大外科の技術を日々実践しています。
専門 研修 医は、卒業大学や初期 研修 施設に関係なく幅広く受け入れています。
地図(図4)を見ていただければわかるとおり、 研修 施設は琵琶湖周囲に位置し自然環境に恵まれています。
すべて地域医療の中心となる施設で、また最終病院でありますからじっくりと 研修 できる環境です。
そのような環境でありながらいずれの施設からもJR、新幹線、名神高速によって京都・大阪への移動は容易です。
外科専門医を取得するためには、 大津赤十字病院 のみで必要な手術件数を確保可能でありますが、基幹施設の立場でプログラムに参加した専攻医の手術経験数を点検し施設間のローテートを調整しています。
私は大学で教官をしている間は、ありがたいことに膵臓の手術に集中的に携わらせていただきました。
おかげさまで、困難な膵切除手術をどうやって切り抜けるか、完遂するか、膵癌の遺残をなくせるか、どうすれば膵液瘻をなくせるか、ということを四六時中考えることができたので、ずいぶん経験値を獲得できたかな、と思っています。
今は、自分で手術をやるというよりは、若手にどんどん手術をしてもらっていますが、術者を育成するという立場で膵臓の手術を考えてみました。
膵頭十二指腸切除術は、実質臓器切除、腸管切除、血管処理、リンパ節・神経叢郭清、消化管再建など様々な要素が含まれた複合手術だと思います。
その中でも手術の成否を決定する重要なパートが、膵頭部を含む臓器切除と膵・消化管再建です。
IPMN、NET、十二指腸乳頭部癌、下部胆管癌といった、主要血管への浸潤があまりない腫瘍は定型的な切除がしやすく、手術経験が多くない場合でも切除完了までは到達することができます。
しかし、浸潤性膵管癌、とくに長い距離の門脈浸潤、動脈浸潤が高度なものは、切除自体が高難度になり、慣れていないと術者として切除完了まで到達するのが困難です(図5)。
一方、IPMN、NET、十二指腸乳頭部癌などは、膵管拡張がなく膵実質は柔らかいため、膵空腸吻合が吻合不全を起こしやすい、また、いったんPFをきたすと酵素活性の高い膵液が漏出するため重篤化しやすい疾患です。
これに対し、膵管閉塞をきたした浸潤性膵管癌では、膵管拡張が著明で吻合しやすく、PFをきたしにくい、しかも膵液の酵素活性はほとんどないため、万一PFをきたしても腹腔内のイベントにつながることは稀です。
いずれの疾患も難しいプロセスを含むため、いきなり最初から最後まで執刀せよ、というのは無理があります。
そこで、膵頭十二指腸切除術を切除完了までと再建部分に分割し、手術指導に当たっては、修練者がまずIPMN、NET、十二指腸乳頭部癌などの切除完了までの執刀を担当し、消化管再建は指導者が行う。
次に、膵管拡張や膵硬化のある浸潤性膵管癌では、切除を指導者が行い、修練者は再建のところから執刀を担当する。
このようにして切除、再建に慣れ、習熟してきたら膵管拡張のない膵管吻合や浸潤性膵管癌の切除に進んでいく。
こうすることによって、指導する側もされる側も、ストレスなく手術に習熟していけるのではないかと考えているわけです。
高難度手術の修練にあたっては、数をやればいいというものではないと思います。
膵頭十二指腸切除術を例にとれば、乳頭部癌の手術を術者としてたくさんやっても、本当の意味でPDができるようになったということにはならないでしょう。
逆に、膵外進展の強い膵癌のPDを、出血させながらでも切除を完了させることに意義を求める意見もありますが、これもちょっと違うと思います。
私は高難度手術であっても、腫瘍学的に妥協することなく、困難な局所操作をいかに安全に(欲を言えば血を出さずに短時間で)切り抜けていくか、という目標設定が大事なのではないかと思っています。
最近は学会で手術ビデオを見ることも多いのですが、肝胆膵領域の手術では定型的な出血のないきれいな手術ビデオは、もちろん入門編としては有用ですが、実際に執刀しよう、というレベルの外科医の持っている問題を解決するには至らないように思います。
要は、胸突き八丁というか「ここさえ切り抜ければ切除が完了する」みたいな、苦しい状況をいかに乗り越えていくかということを、前立ち助手をしながら習得していく、そして自分が同じ状況になった時に、それまでに蓄積した知識のすべてを動員して実際にやってみる。
これを繰り返して、ようやく上達できるということではないかと思います。
こういった意味でも、高度技能指導医が3人いて、肝胆膵の高難度手術を多数実施している 大津赤十字病院 は、中級以上の外科医のステップアップのための修練場所としても最適なのではないかと考えます。
私は昭和55年に京都大学を卒業して、すぐに京都大学 外科 に入局しました。
4か月間大学病院の病棟勤務の後、長浜赤十字病院に赴任し、本格的な 外科 医の修行が始まりました。
胃切除術、結腸切除術、胆摘術、ヘルニア手術、虫垂切除術、などが主な手術で、直腸切除術や肝切除術は稀にしかありませんでした。
今でこそ自分は膵臓手術が専門だと思っていますが、膵頭十二指腸切除術は、長浜在住5年半の間に2回だけ見ました(2回しか見ていません。手洗いもしていません)。
当時、肝胆膵疾患は、いろんなことのほとんどを、血管造影所見で決めており、CTのクオリティーも低かったので、当時としてはそんなものだったのかなと思います。
申し上げたいことは、肝胆膵高難度手術の経験を急ぐ必要はないということです。
みなさんに驚かれるのですが、大学院での研究や留学したことなどもあり、自分がオペレーターとして膵頭十二指腸切除術を執刀したのは40歳を超えてからのことです。
基本さえできていれば、手術はそのうちにできるようになります。
どんな手術であれ、それによって、解剖学を踏まえた基本的な手術手技をしっかり習得しておけば、高難度手術を執刀するようになってからの上達は早いと思います。
当時は、手術書といってもZollinger’s Atlas of Surgical Operationsくらいしかなかったので、これを初めてのボーナスで購入しました。
実際の手術にはあまり役には立ちませんでしたが、手術記録の絵を描く際には大変参考になりました。
今は、いろいろな術式について、動画、写真、イラスト、細かい解説がついた手術書があるので、若い先生方は本当に幸せだと思います。
手順、道具、郭清範囲、臓器の取り回し、などほとんどの要素はバーチャルで習得可能です。
あとは実際の手術をみて確かめればいいのですから。
実際の手術では、組織の脆さ、血管の脆さ、想定外のイベントでの術者の手指の使い方・道具の取り回し、術者の緊張具合・呼吸、といった臨場しないと得ることができない情報を見逃さないようにしてほしいと思います。