日本外科学会専門医 日本乳癌学会認定医 検診マンモグラフィ読影認定医 |
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お名前: 西村 友美先生(2008卒) |
所属施設: 京都桂病院 |
この度、京都大学乳腺外科学講座と腫瘍生物学講座が共同で行ってきた研究の成果がNature紙に受理されましたので、ご報告いたします。
私は乳腺外科医としての専門修練3年を終えたタイミングで大学院に入学しました。
まだまだ経験不足ながらも乳癌の診療を一通り経験する中で、いま私たちが当たり前のものとして手にしている知識が長い歴史の中で、積み重ねられた数多くの研究の恩恵であることを実感するようになり、乳癌というものを学問的な視点からしっかり勉強してみたいと思ったのがきっかけです。
入学当初は研究のイメージも漠然としており、具体的な研究テーマを思い描くことも難しい状態でしたが、乳腺外科学・前教授の戸井雅和先生のご紹介で小川誠司先生の腫瘍生物学講座に出入りさせていただけることになり、遠い世界のものと思っていたゲノム解析が少し身近に感じられるようになりました。
ちょうどそのころ、戸井先生から『乳癌の成り立ち、進展に着眼するのはどうか』とご助言をいただきました。
当時のシーケンス技術では微量な検体、特にホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織標本の精密な解析は困難だったこともあり、乳腺の小さな前癌病変がどのようにして乳癌に進展するのか、という発癌過程のごく初期の遺伝学的な変化についてはほとんど分かっていませんでした。
実臨床においても、乳癌の可能性を疑って生検を行ったら前癌病変だった、ということは珍しくなく、すぐに手術で切除したほうがよい症例とそのまま放っておいても癌にならない症例、薬物療法で癌への進展を抑えられる症例が混在しているのはないか、混在しているとしたら、生検の時点でそれらを見極めることができないか、というのは臨床医としても興味のある課題でした。
幸運にも乳腺外科学教室には組織片から微小サンプリングを行うための機械と蓄積されたノウハウがあり、腫瘍生物学講座ではFFPE検体のシーケンス技術の開発を進めていたタイミングでもあったため、とてもスムーズにFFPEを用いた前癌病変のゲノムシーケンスに挑戦することができました。
さらに幸運なことに、初期検討でder(1;16)という転座の重要性を見出すことができ、der(1;16)のドライバーとしての特徴を詳細に解明するために、正常乳腺由来のオルガノイドの樹立や、より解析の難易度の高いFFPEの全ゲノムシーケンスに挑戦することになりました。
乳腺の単一細胞由来オルガノイド、特に乳汁からオルガノイドを樹立した先行研究はほとんどなく、効率的な培養・解析方法を確立するまで手探りの実験が長く続きました。
また、オルガノイドやFFPE由来検体など微量で質の悪い検体で全ゲノムシーケンスを行うに当たり、シーケンスエラーを除去するための様々な対策を講じました。
研究室としても初めての試みではありましたが、垣内伸之先生を始め、腫瘍生物学講座の百選錬磨の先生方のお知恵を拝借しながら、何とか評価に耐える質の解析結果を得ることができました。
論文が完成するまでに非常に長い年月を要しましたが、これまでよく分かっていなかった“乳癌発生のメカニズムの解明”に一歩近づける成果を得られたことは望外の喜びでした。
世界の第一線で活躍し続けておられる戸井先生、小川先生と日々顔を合わせて直接ご指導いただく機会を得られたこと、議論を交わすために多くの時間を割いていただく中で先生方の緻密で深い思考と科学に対する少年のように純粋な好奇心・探求心に触れることができたことは何物にも代えがたい貴重な経験でした。
また、この研究は、病理診断科、産婦人科、小児科といった関連各科の先生方のご協力なくしては行うことができませんでした。
どの科の先生方もこの研究の趣旨に非常に興味を持ってくださり、臨床業務でお忙しい中にも関わらず快く多大な労力を割いてくださいました。
心より感謝申し上げるとともに、研究にとても前向きな先生方がたくさんおられて、すぐに専門家に相談できる環境が整っている京都大学の素晴らしさを改めて実感しています。
長期に渡り本研究にご支援、ご指導、ご協力くださった乳腺外科、腫瘍生物学講座、病理診断科、産婦人科、小児科の皆さま、共同研究施設の皆さま、この研究に協力してくださった検体提供者の皆さまに改めて感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。